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長刀(なぎなた)研ぎ万年筆
- セ―ラー万年筆株式会社
- 日本字の書き味にこだわった、熟練の職人の手技が戦前モデルを復活させた「長刀研ぎ万年筆」
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1911(明治44)年に広島県呉市で創業し、日本で初めて万年筆の製造を手がけたセーラー万年筆が、2013年5月27日に102回目の創業記念日を迎えた。
同社の102年の歩みは、日本における明治以来の文字文化を支えてきた歴史そのもの。近年、パソコンやスマートフォンなどの普及が進み、自分の手で文字を書く機会が減りつつある。人間が文字を使い始めた頃からずっと身に付けてきた「書き味」という感覚が忘れられていく中で、万年筆を手にして、改めて気付かされることがあるのではないか。
「万年筆はボールペンなどよりも書き味が軽いので、長い文章を書いていても疲れません。昔から、多くの作家さんたちが万年筆を愛用してくださっているのはそのためです。(万年筆では)筆圧をかけてガリガリ書くのではなく、文字を柔らかく書くことができ、それが書く人の心を落ち着かせます。字のうまい下手にかかわらず、その人の個性や心が伝わります。心を伝えるための筆記具としては、万年筆が圧倒的に優れていると思いますね」(中島義雄代表取締役社長)
世界には有名な万年筆メーカーが数あるが、「日本の文字を書く時の書き味については、他の追随を許さないという自負があります」と中島社長。その書き味を支えているものが、万年筆の「命」ともいわれるペン先だ。
同社は創業以来、究極のペン先作りにこだわり続け、世界の愛好家から「万年筆のペン先といえばセーラー」といわれるほどの評判を得ている。セーラー万年筆では用途に応じて「スタンダードペン先」7種類と、「オリジナルペン先」16種類を用意しているが、そのペン先1つひとつが、同社の技術を継承する職人の手によって作られている。
ペン先の製造における最初の工程が金の圧延作業。最初に、同社のこだわりでもある21金の素材に「火入れ」を行い、溶解した金を板状に伸ばしていく。溶解した金が、一定かつ均一の厚みに仕上がるまで圧延作業が繰り返される。その後、ペン先の形に合わせて金の板を打ち抜く「形状付け」作業を行い、金型でペン先に刻印を施す。
さらに、刻印を施したペン先を丸めてカーブをつけたあと、先端にペンポイント(イリジウム製などの丸い玉)を取りつける「玉付け」作業が続く。次いで「鋸割(のこわり)」作業を行い、ペン先に微細な割れ目を入れていく。鋸割はペン先に弾力を与え、かつインクが流れるスリットを作る重要な作業で、熟練した職人が文字通り「皮膚感覚」で微妙な頃合いを判断しながら作業を進める。最後の工程が「玉仕上げ」と呼ばれるもので、ペン先を字幅に合わせて研ぎ、鏡面仕上げを行う。研ぎ作業と顕微鏡などを使った目視検査を繰り返し、微妙な修正を加えながら、納得のいく形状・精度に仕上げていく。
数あるペン先の中でも、同社がとくにこだわっているのが「長刀(なぎなた)研ぎ」だ。セーラー万年筆の創業時、毛筆文化に代わる新しい筆記具として、日本語を美しく書くことができる万年筆が待ち望まれていた。そこで同社が考案したのが「長刀研ぎ」である。万年筆のペン先の先端についているペンポイントは、通常、丸状に加工されている(丸研ぎ)。これを長刀の刃のように長く研ぎ出したものが「長刀研ぎ」で、日本語の止め、ハネ、払いを美しく書くことができるほか、筆記角度を変えることで、極細から太字まで文字の太さを変えられる。
戦後になり、熟練の技を要する「長刀研ぎ」は一時期姿を消したが、愛好家に「神」と呼ばれるペン職人の長原宣義さんが「(現代のユーザーにも)戦前のペン先の良さが分かってもらえるのではないか」という強い思いのもとに再現した。長原さんは2007年度の「現代の名工」に選ばれたあと、2011年に現役を引退。現在は長原さんの長男である長原幸夫さんが匠の技を継承。ペン先の幅が0.1ミリメートル以下という「細美研ぎ」を生み出すなど、同社のこだわりの万年筆作りを支えている。
こうして作られたペン先が、次第にユーザーの手に馴染んでくるのも万年筆の醍醐味の1つ。硬度の高いイリジウムなどの金属で作られたペンポイントが、文字を書いているうちにわずかに減り、個人に合った書き味に変化してくるのだという。ペン先のほかにも、ペン軸の握り具合や重さ、重心の位置までが渾然一体となり、ユーザー1人ひとりの好みの書き味が実現する。
「(手作りの万年筆はけっして)数が多く出るものではありませんが、文字を美しく書きたいというユーザーの皆さんに支えられる製品を出し続けていくことが、万年筆メーカーとしての使命だと思っています」(中島社長)
一方、「選び抜かれた本物」を所有する喜びを実感できるのも、万年筆の大きな醍醐味。万年筆本来の機能である書き味に加えて「モノとしての価値」も追求したいという思いから、セーラー万年筆では日本の伝統工芸とのコラボレーションにも力を入れている。
その集大成ともいえるのが、同社が2013年5月に発売した新商品の「金麗蒔絵(きんれいまきえ)万年筆」だ。金箔の全国生産99%を占める金沢金箔を張り、「花魁(おいらん)」、「歌舞伎」、「波に富士」、「群れ松に鶴」の4種類の伝統的な絵柄を、印刷蒔絵という技術でペン軸に再現。ペン先は14金(24金メッキ仕上げ)の中字で、金箔張りの化粧箱が付属する。記念品や贈答品としてのニーズを想定しており、「経済の上げ潮ムードを象徴する商品にしたい」と中島社長は話す。
ペン軸に金沢金箔を使用し、伝統的な絵柄を施した「金麗蒔絵万年筆」。
左から「花魁」、「歌舞伎」、「波に富士」、「群れ松に鶴」
有田焼の名窯・香蘭社、源右衛門窯とのコラボによる「有田焼万年筆 The ARITA」も、愛好家から注目を集めている逸品だ。第3回「ものづくり日本大賞」で優秀賞を受賞し、2008年に開催された「G8北海道洞爺湖サミット」の記念品として、内閣総理大臣から各国の首脳に記念品として贈呈されている。
加えて、若いユーザー層を開拓するための新たな商品開発も行われている。同社では2013年4月20日に、松本零士デザイン万年筆「SAILOR9」オリジナルセットをリリース。松本氏が、セーラー万年筆の創業の地・呉市にある呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の名誉館長に就任したことが縁で、今回のコラボが実現したという。
同社は、1911年に日本で初めて万年筆を手がけたほか、1948年には業界のトップを切ってボールペンを発売した業界のパイオニア的存在である。1972年には「筆ペン」を発売し、筆記具に大きなイノベーションを巻き起こした。加えて2010年には読書ペン『名作ふたたび』(付属ブックレットの誌面をタッチすることで、作品の音声が再生される)をリリースし、「電子文具シリーズ」という新たなジャンルも築いている。
「マーケットの変化に対応するために、新しいものに挑戦し、製品の多様性を追求していきますが、当社の中心が万年筆であるというところは変えないでいきたい。万年筆は人の心を豊かにするものであり、皆さんにも『一生に1本の宝物』として、ぜひ持っていてもらいたいものだと思っています」と中島社長は強調する。
「進歩的で高品質なセーラー商品により会社を興し社会・文化の発展に貢献すること」という、セーラー万年筆の社是に込められた思いは、今も変わらない。
記事:加賀谷 貢樹